大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所佐世保支部 昭和24年(ヨ)5号 判決

申請人

古川徳次

外六名

被申請人

麓蘭吉

主文

申請人等から被申請人に対する解雇無効確認訴訟の本案判決確定に至る迄、申請人古川徳次、山川美好、山口光雄、三好務、山川政雄、宮原政春がそれぞれ被申請人の被傭者として別紙目録記載の職種の従業員たる仮の地位を定める。

被申請人は右申請人等六名が右のとおりの従業として業務を行うことを妨げてはならない。

被申請人は右申請人等六名に対し賃金の支払その他労働条件につき従前の待遇を不利益に変更してはならない。

申請人野田強の申請はこれを棄却する。

申請費用中申請人野田強と被申請人との間に生じた部分は同申請人の負担とし、申請人古川徳次、山川美好、山口光雄、三好務、山川政雄、宮原政春と被申請人との間に生じた部分は被申請人の負担とする。

請求の趣旨

申請人等代理人は

(一) 申請人等が被申請人の被傭者として、別紙目録記載のとおりの従業員たる仮の地位を定める。

(二) 被申請人は申請人等が被申請人の被傭者として業務を行うことを妨害してはならない。

(三) 被申請人は、申請人等に対し、賃金の支払其の他の労働条件につき従前の待遇を不利益に変更してはならない。

旨の判決を求める。

事実

申請人等はいずれも北松浦郡鹿町町深江免所在被申請人経営の麓鉱業所深江炭鉱の別紙目録記載の職種の従業員として従来被申請人と雇傭関係にあり、且つ同炭鉱従業員四百八十八名(全員)を以て組織する三岳深江労働組合(以下組合と略称する)の幹部である。即ち申請人古川徳次は組合長、同山川美好は書記長、同山口光雄、三好務、野田強はいずれも交渉委員、同山川政雄、宮原政春はいずれも常任執行委員として組合関係用務に専従するものであるが、被申請人は同炭鉱全従業員に対し昭和二十四年二月分賃金中その六十七%、同年三月分賃金中その六十九%の支払をしないので、同年四月五日江迎労働基準監督署より右未払分の賃金支払を督促されたのに拘らず依然之を怠つたばかりでなく、同年四月分賃金はその全額を支払わないので、従業員は愈々深刻な生活の脅威に直面するに至つたから、同署でも遂に同年六月十二日被申請人に対し賃金支払命令を発する事態となつた。そこで申請人等を幹部とする組合は同年四月二十六日被申請人側即ち経営者側と右賃金支払に関し団体交渉を為し「賃金の支払ができないとすれば全組合員の納得できるよう経理を公開してくれ」と切実に要求したところ、被申請人側は一片の誠意をも示さず「組合が経営に参加しなければ、協力できないというのであれば、作業所を閉鎖する以外に途はない」と称し申請人等の団体交渉継続の要望を一蹴して、翌二十七日全く正当な理由なく組合の団体交渉権を蹂躙して一方的に作業所閉鎖の挙に出て組合に挑戦して来たのである。その後長崎県知事以下県当局並びに同県地方労働委員会委員会事務局長等の熱心な調停が試みられたが被申請人は全くこれに耳を傾けず、同年五月三十日福岡石炭局より右作業所閉鎖は通商産業大臣の許可を受けていないから臨時石炭鉱業管理法第十条(炭鉱の事業主は通商産業大臣の許可を受けなければその経営する石炭鉱業の全部又は一部を廃止し又は休止してはならない)に違反する旨警告されるに及んで始めて、被申請人も已むなく同年六月五日右許可申請を為し、同月七日作業所を再開したのであるが、右閉鎖は実に四十一日間の長期に亘りその間従業員は全然賃金の支払を受けず文字通り飢餓に迫られていたのである。

しかるに被申請人は右再開直後同月九日突然申請人野田強に対しては同炭鉱従業員就業規則(以下規則と略称する)第八十五条(鉱員にして左の各号の一に該当する時は懲戒処分にすることがある)第六号(許可なくして他に雇傭関係を結んだ者)及び第十一条(正当な理由なくして連続無断欠勤し又は出勤常ならざる者)に該当し、他の申請人六名に対しては同規則第八十五条第二号(公安を害し風紀秩序を紊した者)及び第三号(職務妨害、暴行脅迫使嗾の行為ありたる者)に該当するとして、それぞれ同規則第八十六条第一項第二号(諭旨解雇)に依り解雇する旨書面により通告して来たが、申請人等は全く理由なき解雇に憤慨し直ちに右通告書を返戻したところ、被申請人は翌十日右通告書を再送すると共に、今度は重ねて申請人等七名に対し前同一の理由により同規則第八十六条第一項第一号(不都合解雇)により解雇する旨の通告書を送付して来た。然れども右解雇はいずれも手続上の違反及び実質上の不当の両方面よりみて全然無効といわなければならない、その理由は次に掲記する通りである。

(一)  申請人等は只組合の幹部として全組合員の意思に基き、前記の如く賃金不払に関し被申請人側と正当な団体交渉をしただけであつて、前記解雇理由に該当する如き不穏当な行動をとつた事実は全く存在しないのに拘らず、被申請人は種々解雇の事由を捏造して不当な解雇を通告したものであるから、規則第十七条(鉱員は正当な理由なくして解雇されることはない)の規定によつて保障される申請人等の身分を無視し、且つ、組合員の正当な団体交渉その他の組合活動を担保する旧労働組合法第十一条(改正労働組合法第七条)の規定に違反して無効の解雇というべきである。

(二)  尚申請人野田強については前記解雇の事由に該当する事実は毫も存在しないのであるから、かかる事由ありとして為した解雇の通告はその効力を生ずる筈がない。仮りに同申請人に連続欠勤の事実があつたとしても、同申請人は昭和二十四年三月十四日より同年六月二十日迄病気欠勤による休業許可を鉱長より得ているから此の点に関しては解雇の事由がない訳である。

(三)  次に申請人等は組合関係用務専従者であるところ、規則の附則第八十九条には鉱員にして労働組合関係用務に専任する場合は本規則を適用しないと規定されているので、この規則第八十五条及び第八十六条を適用して為した解雇は右附則の明文に違反して無効である。

(四)  一歩を譲つて本件解雇の場合には規則の適用ありと解するも、昭和二十二年八月二十七日附労働協約第五条第三号(経営協議会で協議する事項左の如し一、人事に関する事項)及び規則第九十二条(この規則に規定する事項で労働協約によつて別に定められた場合は労働協約の規定によるものとす)の各規定により本件解雇の如き人事に関する事項は須く昭和二十三年六月十五日附経営協議会約に定むる手続(尚規則第八十一条参照)を履践して経営協議会で協議決定すべきものであるに拘らず、かかる手続を経ず申請人側の右協議の要求を無視し一方的に為した本件解雇が固より違法にして其の効力なきことは多言を要しない。

(五)  更に本件不都合解雇については、規則第八十六条第二項(第一号の場合は行政官庁の認定を受く)の規定に従い労働基準監督署の認定を受けなければならないのにかかる認定を得ていないから、之亦無効の解雇といわなければならない。

以上縺々掲げた理由により本件解雇の無効たることは寔に明瞭である。かような不当解雇によつて職を奪われた申請人等及びその家族は全く路頭に迷わざるを得ない窮境に陥つているので、申請人等は被申請人を被告として当庁に解雇無効確認の訴訟を提起したが、その本案判決確定に至る迄申請人等の従業員たる仮の地位を定め、之が確保を求めるため、本件仮処分申請に及んだ次第であると述べ、本件前後二回の解雇通告の際の予告手当の提供及び供託の事実は認めるが右両個の意思表示は諭旨解雇というも不都合解雇というもその理由は全く同一であつて、結局同一理由に基き重ねて為された一連の行為であるから、六月九日附解雇の通告を以て一応有効に解雇の意思表示が為されたものとみるべきであるが、仮りに別個の意思表示と解するも、解雇の理由は同一あるから、先の解雇は旧労働組合法第十一条に、後の解雇は改正労働組合法第七条にそれぞれ違反していずれも無効であることは前記の通りであると釈明し、以上申請人等の主張に反する被申請人の答弁事実を否認し、尚申請人等が昭和二十四年三月十三日の組合大会で組合員を使嗾煽動して「サボ・スト」「経営権の獲得―労働者管理」を決議した事実はなく、又右大会翌日より作業所閉鎖前日迄の間に出炭量が多少減退した原因は、同年二月末頃より炭層に現われ始めた小断層が三月中旬頃より頻々と現出して来たのに予備採炭個所等を設けない被申請人側の怠慢による外、賃金不払、現場係員の圧制等被申請人の責に帰すべき種々の事情が相俟つて結局従業員の労働意欲を低下させたからである。更に被申請人側では其の間鉱員の出勤人員についてその「出面」を毎日四五人宛故意に減少して地方労働委員会に虚偽の報告をしていたので組合側よりこの点を指摘されたことさえあつたのである。

而して被申請人に対する同年六月二十二日附作業所休止の許可は臨時石鉱業管理法に所謂全国炭鉱管理委員会(九州には九州地方炭鉱管理委員会)の諮問を経ていない点の違法がある。要するに被申請人の本件解雇は全く労働基準法第二条の精神を無視した行動というの外はないと附演した。(疎明省略)

被申請人代理人は申請人等の申請を棄却する。申請費は申請人等の負担とするとの判決を求め、

先ず訴訟上の抗弁として、抑々仮処分は将来の強制執行保全のみを目的とするもので、本件仮処分申請の如く本案訴訟の確定前既にその勝訴の場合と全く同一の状態の実現を求めるのは右仮処分本来の目的を逸脱し執行保全手続たる本質よりみて不適法たるを免れないと述べ、

事実上の答弁として申請人等主張事実中被申請人が北松浦郡鹿町町深江免所在麓鉱業所深江炭鉱の経営主であること、申請人等が同炭鉱の従業員にして被申請人と雇傭関係にあり且つ三岳深江労働組合の組合員であつたこと、申請人古川徳次は同組合の組合長、同山川美好は書記長、同宮原政春は常任執行委員であつたこと、昭年二十四年二、三月分の全従業員に対する賃金が現金で全額支払されなかつたこと、被申請人が同年四月二十七日作業所を閉鎖したこと、右閉鎖後種々調停が試みられたが不調に終つたこと、同年六月七日被申請人が作業所を再開したこと並びに同月九日申請人等に対し諭旨解雇の通告をしたが、申請人等が右通告書を返戻して来たので、翌十日重ねて不都合解雇の通告を為したことはいずれも認めるが、その余の申請人等主張事実は否認する。

(一)  申請人等は昭和二十四年二月分賃金はその六十七%、同三月分はその六十九%不払なる旨主張しているが、当時深江炭鉱も各炭鉱共通の金融逼迫の現下情勢外に立つことができず諸支払が不如意とはなつたけれども、被申請人としては従業員の生活を保障するため組合と協議の上賃金(現金)の支払に代えて生活必需物資を配給し、これが代金を以て賃金の一部支払に充当したので、結局未払賃金は右二月分は六%、三月分は十一%あるに過ぎない。よつて被申請人は右残類を現金にて支払うべく組合に通告したところ右協議事項については協約書を作成していなかつたため(尚該協約書は同年四月一日成立)申請人等は配給物資代金を以て賃金と相殺するのは労働基準法第二十四条に違反するとの理由で、異議を唱え、未払賃金は現金を以て全額支払うべき旨要求して右残額の受領を拒絶した。然し申請人等が既に受配物資を消費し乍ら左様な主張をするのは正に一片の法規を口実にする権利の濫用というべである。

(二)  而して申請人等はいずれも元来共産党員であり、かねて深江炭鉱の労働者管理を提唱して来たものであるが、その目的を急速に達成するには被申請人を倒産させ事業を投げ出さねばならぬと画策し、之がため最近に至り著しく生産に非協力的の態度を示し、特に昭和二十四年三月十三日開催の臨時組合大会を契機としてその翌日より念速に出炭量が低下し、同年四月二十六日迄の出炭量は政府指令にかかる出炭目標の六十%乃至八十%に過ぎず(右大会前日迄は略出炭目標額に達していた)かかる状態が継続すれば被申請人は遂に事業を放棄せざるを得なくなるのは必然と思われたので、申請人等の右生産阻害行為に対抗する手段として労働関係調整法第七条に認められた争議権を行使して前記の如く作業所閉鎖を敢行したものである。其の後右事態収拾のため各方面より調停が試みられたが、長崎県副知事の如きは申請人等の主張が全く失当であつたので未だその時期でないといつて右調停より手を引き、尚長崎県地方労働委員会委員八戸衛が事業所に来て職員を調査したのは申請人等の意を受け秘密裡に個人として来所したものにすぎないことが後日判明したのであつた。

(三)  右経過の下に被申請人は同年六月七日を期し作業所を再開したのであるが、之より先申請人等組合幹部が徒らに闘争のみを事とし生産阻害の結果を故らに招来している事実に不満であつた一部従業員が同組合を脱退して第二組合を組織していたので右再開当日是等第二組合員が被申請人に協力して作業に就くべく入坑せんとしたところ、申請人等指導下の従業員(第一組合員)は平田山炭鉱朝鮮人連盟等の過激分子の応援の下に暴力と威迫を加え、坑道入口を閉鎖し右第二組合員の入坑を阻止した結果同日の作業は全く開始不能に終つた次第である。

(四)  以上説明のとおり申請人等は組合幹部たる地位を悪用し多数善良無知な従業員を使嗾煽動して生産を阻害し炭鉱の秩序を紊乱するので、被申請人としては炭鉱の経営を維持するため申請人等を炭鉱より追放する外なしと決意し、同年九月九日申請人等に対し諭旨解雇とする旨通告し、併せて三十日分の予告手当を炭鉱経理係に於て受取る様催告したが、申請人等はいずれも右通告書を返戻して来たので、翌十日更に不都合解雇とする旨通告した上同月十一日右予告手当金を長崎地方法務局平戸支局に供託した次第である。

(五)  申請人等は右解雇が無効であると主張するけれどもその理由のないことは次に述べる通りである。

被申請人は申請人等が団体交渉をしたことを理由として解雇したのではなく、以上に詳述した如く申請人等の生産阻害の行動を理由として解雇したものであるから、決して労働組合法第十一条(旧法)には違反しない。

次に深江炭鉱従業員規則第八十九条は鉱員にして組合関係用務に専任する場合には右規則を全面的に適用できない面が生じて来るので、左様な場合にはその適用できない部分に限りこれを適用しないという趣旨であつて、申請人等の如き組合関係用係専従者には全面的に適用しないという申請人等の主張は全くの曲解であるから、本件解雇が規則に違反して無効に帰するいわれがない仮りに此の点に関する被申請人の主張が理由なしとするも、労働基準法第二十条に依り使用者は三十日分以上の平均賃金を支払えば予告期間なしに労働者を解雇することができる、殊に本件の如く全く申請人等の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合は右賃金さえも支払わず即時解雇ができる次第であるから、前記の如く予告手当金の受領を催告し所定し正当な手続に従つて為した本件解雇の有効であることは更に疑を容れる余地がない。

而して労働協約第五条に所謂人事に関する事項とは人事に関する一般基準を意味するもので、申請人等主張の如く個々の具体的人事問題迄も含むものではない、それで本件解雇に当りかかる人事問題を経営協議会に附議しなかつたがため右労働協約に違反して無効となるべき筈がなく、又仮りに違反行為になるとするも、それは被申請人の組合に対する責任問題を生ずに止まり、之が為め本件解雇が直ちに当然無効となるものではないと述べた。(疎明省略)

理由

本件仮処分申請の要旨は、申請人等の主張によれば、申請人等は只被申請人経営に係る炭鉱の従業員を以て組織された組合の幹部として、被申請人の賃金不払による組合員(従業員)の生活上の脅威を除去し窺境を打開するため、被申請人との適法な団体交渉により円満に右賃金支払問題を解決しようとして正当な組合活動をして来たに過ぎないのに対し、被申請人は申請人等の組合員に対する使嗾煽動により従業員の出勤稼働率の低下、出炭量の減少等生産の阻害を招来すると共に、申請人等に作業所再開の妨害其の他秩序紊乱の行動があつた如く事実を捏造し、之を理由として申請人等に対する解雇の通告を為したけれども、その解雇たるや手続上も実質上も共に法規に違反して無効であるから、申請人等が被申請人に対して提起した解雇無効確認訴訟の本案判決確定に至る迄、申請人等が従前通り前記炭鉱の従業員である仮の地位を定め、之が確保を求めるというのである。よつて右仮処分申請の許否を決するに必要な範囲内で右解雇が果して有効であるか否かにつき、以下一応の判断をする。

(一)  先ず被申請人の訴訟上の抗弁について判断すると、本件の如く争ある権利関係に付き仮の地位を定める仮処分は、係争物に関する仮処分の様に将来の強制執行の保全を目的とするものではなくむしろ将来の権利の実現が待てないような現在の危険の除去又は防止を目的とするものであつて、本案訴訟の訴訟物として執行に適しない一定の権利関係(本件の従業員たる法律関係は正にこれに当る)にあつては将来の原告勝訴の確定判決が原告にいささかも実益をもたらさないのみか、却つて確定判決迄猶予すれば著しい損害を生ずる場合が少くないので、左様な危険を除去し又は防止するために本案判決の確定前予め暫定的な措置としてその権利関係の内容に副うような仮の状態を形成する必要があり、この必要のための法律的手段が即ち本件の如き仮の地位を定める仮処分なのである。それでかかる仮処分の性質について、以上の説明と異る見解の下に、本件仮処分申請が不適法であるとの被申請人の主張は全く理由がなく到低採用することができない。

(二)仍つて本件解雇の当否について判断を進める。

被申請人が北松浦郡鹿町町深江免所在の麓鉱業所深江炭鉱(以下炭鉱或は会社と略称する)の経営主であり、申請人等がいずれも同炭鉱の従業員にして被申請人と雇傭関係にあり、且つ同炭鉱従業員を以て組織する三岳深江労働組合の組合員であつたこと並びに申請人古川徳次は同組合の組合長、同山川美好は書記長、同宮原政春は常任執行委員であつたことは当事者間に争がなく、証人松尾時夫、田口已義の各証言に申請人本人古川徳次訊問の結果により成立を認め得る疏甲第十四号証を綜合すれば、その余の申請人中山川政雄は常任執行委員(生産部長)、山口光雄、三好務はいずれも交渉委員であり、右申請人等の内古川徳次、宮原政春は昭和二十三年七月より、同山川美好、山川政雄は昭和二十四年三月より、同山口光雄、三好務は同年五月より夫々当該組合幹部に就任していた事実並びに野田強は同年三月迄同組合の書記長であつたことが疏明される。

而して被申請人が昭和二十四年六月九日申請人野田強に対しては同炭鉱従業員就業規則第八十五条第六号(許可なくして他に雇傭関係を結んだ者)及び第十一号(正当な理由なくして連続無断欠勤し又は出勤常ならざる者)に該当し、その余の申請人六名に対しては、同規則同条第二号(公安を害し風紀秩序を紊した者)及び第三号(職務妨害、暴行脅迫使嗾の行為ありたる者)に該当するとして、夫々同規則第八十六条第二号(諭旨解雇)に依り解雇する旨書面を以て通告し、併せて三十日分の予告手当の提供をしたが、申請人等がいずれも右通告書を返戻して来たので、被申請人は翌十日やはり前回と同一の理由に依り今度は同規則第八十六条第一号(不都合解雇)に依り解雇する旨の通告書を申請人等に送付し、併せてその予告手当を平戸地方法務支局に弁済供託した事実は当時者間に争がなく、右両個の解雇通告は懲戒処分の種類としては異るが、全く同一理由に基き重複して為された一連のものであると認められるから、結局最初の六月九日附諭旨解雇の通告を以て解雇の意思表示としては一応有効に成立したものと考えられる。尤も前顕田口証人はこの点に関し諭旨解雇は被解雇者本人よりの退職願を以て有効要件となすものである旨供述しているけれども、成立に争のない疏甲第五号証(就業規則)並びに疏乙第四号各証に徴すれば左様な事実は遽に首肯し難く、むしろ諭旨解雇の場合は出来得れば本人の退職願を提出せしめて円満に退職せしめる慣例こそあれ、解雇の意思表示は諭旨解雇の通告書の到達により直ちにその効力を発生するものと認めるのが相当である。そこで右解雇の効力を判断することになるが、

(イ)  先ず申請人野田強の解雇理由について考察するに、証人田口已義の証言、申請人本人古川徳次の供述に依りその成立を認め得る疏甲第十号証及び前顕同十四号証を綜合すれば、申請人野田強は昭和二十三年十一月頃より炭鉱には殆ど姿を見せていなかつたが、会社は当時同人が組合書記長の地位にあつたので右欠勤は或は組合用務のためではないかとこれを黙認していたところ、昭和二十四年三月十三日の組合役員改選のため開催せられた臨時組合大会において、同人は当分他所属機関よりの帰鉱が不可能となつた事を理由に同人欠席のまま右役員を解かれ爾来一従業員として依然会社には無届のまま連続欠勤していた事実が一応認められる。尤も前顕古川本人の供述でその成立を認め得る疏甲第四号証に依れば、昭和二十四年四月十九日附書面で組合から同人の同日より同年六月五日迄の間の休職願が提出された事実が認められるが、会社は左様な届は本人自身より、直接会社宛提出する様注意してこれを却下し、その後同人よりの右のような届は全く提出されていない事実が前顕田口証人の証言より窺われ、他に右長期連続欠勤の正当な事由たる事実は本件では全く認められないところである。

然らば申請人野田強の解雇理由中被申請人主張の如く許可なく他と雇傭関係を結んだその事実はしばらく措くとしても、右認定の如き無届長期欠勤の事実が正に解雇の実質的理由に該当することは成立に争のない疏甲第五号証(就業規則)の記載(同規則第八十五条第十一号)に徴し一応明かである。

申請人野田強は右就業規則第八十九条に、鉱員にして労働組合関係用務に専任する場合は本規則を適用しない、との趣旨が規定されているから、同条項により本件解雇は無効なる旨主張するけれども、同条項は申請人主張のように解すべきではなく、むしろ組合関係用務専従者として特に一般鉱員としての業務遂行と両立し得ない場合に生ずる不利益を防止することをのみ目的とするもので、被申請人主張の如く右様の場合にのみ同規則を適用すべきものと解すべきことは、同規則全文を通読し田口証人の証言を参酌して了解されるところである。而かも前認定の如く申請人野田強の長期無断欠勤は左様な組合用務専従者として已むを得ず為されたものではないことが一応明かにされているから、同規則の適用がないとの右主張は採用し難い。

次に同申請人は本件解雇は経営協議会の附議を経なかつた違法が存する旨抗争する。成程成立に争のない疏甲第六号証(労働協約書)の記載(第五条第三号)、前顕同第五号証(就業規則)の記載(第九十二条)に徴すれば、鉱員の人事に関する事項は経営協議会の協議事項であることが労働協約書第五条第三号により明定されている事実が認められ、而かも本件解雇が右経営協議会の協議を経なかつた事実は被申請人も認めて争わないところである。しかしながら果して各鉱員の解雇等の個別的問題について迄その都度経営協議会の協議を経由すべきかは右疏甲第六号証記載の経営協議会設立本来の目的に照し、或は同協約第五条に規定される他の協議事項との均衡上甚だしく疑問に思われ田口証人の証言を参酌すればむしろ、右に所謂人事に関する事項とは被申請人主強の如く更に根本的な人事に関する一般的基準を意味するものと解釈するのを一応至当と考える。尤も前顕古川本人の供述によれば従来従業員の解雇につき会社と組合との協議によつて決定されたことが屡々あることが窺われはするのであるが、山口証人の証言を参酌して、右に所謂協議とは前述の経営協議会の附議を指すものではなく、就業規則第八十一条に規定される表彰及び懲戒に関する会社及び組合間の協議を指すものとも認められるし、右のような事実があつたからといつて必ずしも前記解釈を動かすものではない。又仮りに本件の場合に経営協議会の附議を要するものであるとしてもそれは組合員の解雇については会社側の独断で行わず、一応組合に話を持ちかけるという程度のものであつて、必ずしも組合の同意を要するという趣旨のものでもなく、又その協議を経なかつたことが必ずしも本件解雇の無効を迄も招来すると解すべきいわれはなく、経営協議会設置の趣旨に徴すれば却つて、右につき被申請人の組合に対する責任の存否は格別各組合員個人に対する解雇の効力迄も左右するには足りぬと解するのが一応相当である。この点に関する申請人の主張も亦採用し難い。

以上の如く被申請人の申請人野田強に対する本件解雇は一応の判断ながらこれを有効と認める外はなく、同申請人の本件仮処分申請はその被保全権利関係の存在について結局疏明がないことになる。

(ロ)  仍つて進んで右申請人野田強を除くその余の申請人六名の解雇理由について判断する。被申請人が炭鉱全従業員に対する昭和二十四年二月、三月分の各賃金を現金で完全に支払えなかつたこと、被申請人が同年四月二十七日より作業所閉鎖をなし、同年六月七日に至りこれを再開したこと並びにその間種々調停が試みられたがいずれも不調に終つたことは当事者間に争がなく、更に右事実に証人松尾時夫、田口己義、秋山良一、岩崎勁、宮地謙吾、古川本人の各供述、成立に争のない疏乙第一、二号証、前顕疏甲第六第十第十四各号証、右宮地証人の供述によりその成立が認められる同第八号証並びに当裁判所に顕著な昭和二十三年十二月頃から復金融資停止により全国炭鉱経営者が深刻な資金難に陥つた事実等を綜合すれば、本件深江炭鉱も昭和二十三年末頃より資金難に陥つたため漸次従業員に対する賃金の遅払が始まり、昭和二十四年二月以降は特に顕著となり、前記作業所閉鎖の前日たる同年四月二十六日当時において、右二月分はその六十七%、三月分は八十七%の未払賃金(現金)が存した有様で、全従業員はいよいよ生活の困窺を訴えるに至つていたのに拘らず、会社は右未払賃金については、確固たる見通しもつかず、只生活必需物資の代金と相殺すると主張するのみで、組合、会社共双方対立して譲らず屡々折衡が重ねられ、当時組合として右賃金不払に対しサボ・スト等具体的争議に入る気配はなかつたが、会社の賃金未払は益々深刻となり従業員の不満が増大するに至つたので、遂に同年四月二十五日、二十六日の両日に亘り会社、組合間に、会社は花田鉱業所長、田口総務課長外数名が、組合は古川組合長外数名の幹部がそれぞれ代表して団体交渉が開かれたのである。然るにその席上会社側は当時出炭量の漸次減少しつゝあつた事実を指摘し、右事実は申請人等組合幹部の生産を阻害し、秩序を紊乱する非協力的指導によるものなる旨、格別具体的事例は挙げることなく非難するのみであり組合側は会社から賃金支払について満足な回答を得られないとして経理の公開を要求したところ、会社側は経理の公開を要求するのは経理権の侵害だと応酬して拒否するや、激昂した一部組合員が経営の労務者管理を口走つたりしたため、遂に両者の意見は合致するに至らず、会社側は突然他に些したる理由もないのに翌二十七日より作業所を閉鎖する旨声明するに及び、組合側の団体交渉継続の要望を一蹴して、翌二十七日午前零時を期して作業所を閉鎖するに至つたこと即ち当時組合側に会社をして作業所閉鎖に迄至らしめるべき争議行為に突入する気配は全く存しなかつたのに拘らず、会社は突如右作業所閉鎖を敢行したものであること並びに右閉鎖後種々熱心な調停が試みられたかいずれも失敗に帰したところ、会社は福岡石炭局の勧告に従い同年六月六日全く何等の理由を開示せず突然翌七日より作業所を再開する旨発表し八日より作業所が再開されたのであるが、再会に際し七日早朝炭坑坑道入口で、右申請人等を幹部とする組合員と第二組合員との間に、即ち入坑せんとする第二組合員とこれを阻止せんとする第一組合員二、三十名との間に競合が生じたことが一応認められ、本件疏明方法の内以上の認定に副はないものは凡て当裁判所の措信できないところである。

被申請人は昭和二十四年三月十三日開催の臨時組合大会以降炭鉱出炭量が激減したのは明かに右申請人等六名の多数善良無知な炭鉱従業員を使嗾煽動した生産阻害行為に基くものであつた旨縷々主張する。そこで当時の深江炭鉱の状況について更に検討すると、前顕田口、岩崎両証人の各証言、成立に争のない疏甲第一号証を綜合すれば、当時の出炭量は同年三月分二千二百七十噸(政府指令の出炭目標額の七十九・六%)四月分(但し作業所閉鎖時迄の二十六日間)千五百六十六噸(同目標額の六十七%)位に過ぎず、更に日別に見れば三月四日は九十六噸位、五日は九十二噸位、七日は九十七噸位、八日は百噸位、十日乃至十二日が各百五噸位であつたのに対し、右大会後の十四日は八十七噸位、十五日は六十八噸、十六日は九十四噸位、十七日は七十六噸位、十八日以降月末迄は各八十七乃至六十九噸位などと出炭が漸次低下していた事実が一応認められ、而かも証人宮地謙吾、岩崎勁各の証言によれば、右申請人等六名はいずれも共産党員として往々過激の言動をとり、中には時に「増産運動をすれば会社がつけ上る」「会社が賃金を出さねば何の為に働いているか判らない、石炭を掘らず賃金の支払を要求しよう」「会社が賃金を支払わない以上遊んで金をとろう」「機械を酷使して使用不可能にし遊んで金をとろう」「三噸出すところは二噸にしよう」等放言することがあつたり、或は坑道の崩落が発生した際も組合がその復旧に積極的に援助しなかつたため、已むなく会社は他の炭鉱から応援を得て復旧を完了した事実等が大略窺われる(尚同趣旨の証言を記載しある疏乙第三号各証は措信できない)が、当時深刻なる賃金不払の折柄とて組合員の会社に対する不満が高かつた状況を考え合せ、当時の賃金不払が如何に全従業員に勤労意欲を減退せしめたかと云う事実、或は前顕秋山、岩崎両証人の各証言により認められる当時炭坑内の炭層の各所に断層(俗に謂う「かつくり」)が現れて採炭を妨害し、或は坑道崩落の事故が発生しために出炭が阻害された事実等を綜合すれば、前記減産が専ら右申請人等六名の言動に直接由来したものであることは遽に首肯し難いところであると共に、以上一応認定した程度の申請人等の言動を以てしては未だ生産阻害若しくは秩序紊乱等被申請人主張のような解雇の実質的理由に該当するものとも謂えないのである。此の点に関したやすく措信し難い田口、岩崎、宮地各証人の証言を措いて他に右申請人等六名の生産阻害行為の認められる疏明資料もない。

而して被申請人は又前記作業所閉鎖は右申請人等六名の生産阻害行為に対抗するために已むを得ず為された正当なる争議行為だと抗争するけれども、前段認定のとおり、右作業所閉鎖の前日即ち同年四月二十六日の団体交渉において両者の意見は合致するには至らなかつたとはいえ、組合側は尚団体交渉の継続を要望し当時未だ何等争議行為に突入する気配もなかつた事実、右申請人等六名の生産阻害行為が決して明確ではなかつた事実に、更に証人八戸衛の証言により一応認められる会社の右作業所閉鎖の真意は大体申請人等組合幹部を他に追放せんとする意図であり、従つて右作業所閉鎖なる争議行為の対象が組合の争議行為を対象とするものではなく申請人等のみを対象としていた事実等を綜合すれば、右作業所閉鎖は労働関係調整法第七条に所謂真正なる争議行為ではなく、単に労働者に対する会社の受領遅退行為にすぎなかつたものであると一応認めざるを得ないところである。

而して更に被申請人は右作業所再開当日における申請人等六名の行動を非難する。而して当日の状況は前認定のとおりであるが、右第二組合員に対する入坑阻止等暴行脅迫の行為が果して申請人等六名その他の者によつて直接なされたものであるか或は同申請人等組合幹部の使嗾若しくは指導の下に為されたものであるかについては、何等これを認めるべき疏明が存在しないところである。

以上説明のとおり右申請人等六名に対する本件解雇について本件に顕れた疏明の程度では一面何等被申請人主張の如き実質的理由として首肯し得るものも認められないのであると共に、他面同人等の正当なる組合活動の域を出ない前記行為を実質的理由とするものであることが一応認められる。果してそうだとすれば右申請人等六名に対する本件解雇は一応被申請人主張の如き正当の事由の認められないものであると共に、旧労働組合法第十一条に違反し法律上当然無効のものといわなければならない。

尚被申請人は使用者が予告手当を支払いさえすればそれだけで右解雇は有効になるかの如き抗弁をしているが規則第十七条に依れば左様な解雇は無効なること明かであるから右抗弁は失当として採用できない。

右の如く右申請人等六名の被保全権利関係存在の疏明は一応あつたものと認めるから、更に仮処分の必要の有無について検討すると、右申請人等六名の突如被申請人経営の炭鉱における職を失つて以来、物価騰貴と転職至難の現下情勢において、右申請人等六名並びにその扶養家族が生活上甚だしい困窺に直面していることは、前顕古川本人の供述を俟つまでもなくこれを認めるに難くないから、申請人等六名のこの急迫する窺乏の状態を避けさせるため申請人等より被申請人に対する解雇無効確認の本案訴訟の判決確定迄の間の暫定的措置として、右申請人等六名が被申請人の被傭者として、被申請人において明かに争はない別紙目録記載の職種の従業員たる仮の地位を定める必要があると謂はねばならない。而して右申請人等六名に対しその被申請人の被傭者として前記職種の従業員たる地位を仮に定めることを前提としその実効を確実にするため、尚被申請人に対し申請人等六名の就業を妨害しないこと並びに本件解雇問題等により賃金その他の労働条件につき申請人等六名に対する従前の待遇を不利益に変更しないことを命ずべきものである。

然らば申請人古川徳次、山川美好、山口光雄、三好務、山川政雄、宮原政春六名の本件申請は既に以上の点において正当であるから、其の余の争点につき判断するまでもなくこれを相当として認容し、又申請人野田強の本件申請はその理由がないから失当としてこれを棄却し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとをり判決する。

尚被申請人に対し前述の如く右六名の申請人等の就業妨害禁止等の仮処分を命じた所以は、被申請人は使用者として右申請人等の労務提供を受領する権利並びに義務を有することは、本件雇傭契約の如き継続的契約関係を流れる信義則に照し是認されるところであるから(然るに被申請人は前記の如く一方的作業所閉鎖による受領遅滞の如き行為があつた)左様な仮処分を命じたまでであり、即ちここに一応右申請人等に保障されたのは飽く迄善良な被傭者としての労働権である。従つて前にその片鱗の顕れたような右申請人等六名の稍妥当を欠くと思はれる言動を許容したのではなく、たとえ左様な言動もこれを繰返すことにより被申請人に対する生産阻害の原因ともなれば、又就業規則第八十五条の懲戒解雇の事由ともなる場合があるのだから、この点深く戒心し、労資協調の上新日本復興の一助ともなる様適当な自主的解決に努力すべきことは今更言を重ねる必要もないであろう。この点右申請人等六名も深く留意すべきであり、右特に附言する。

別紙目録省略

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例